【関関同立】まだ本気になれていない受験生へ──努力より“夢中”になることの大切さ
更新日: (公開日: ) BLOG
受験勉強を続けていて、ふと「自分は本気でやれているのだろうか」と感じる瞬間はありませんか?
 今回は、「本気になれていない受験生に伝えたいこと」を紹介します。
単なるモチベーションではなく、「努力」から「夢中」へと意識を変えるための考え方がぎっしり詰まった内容です。
「本気のふり」をしていないか?
「もしこの熱苦しいブログを何十回も見ていて、まだ本気になれていないなら、そもそも大学に行きたい気持ちを考え直してほしい。」
つまり、「本気になれない」というのは、意志や根性の問題ではなく、
目的意識がまだ弱いということ。
 受験生の中には「やってるつもり」「本気のふり」をしているだけで、
行動が伴っていないケースも多いのです。
 例えば、SNSを見ながら「今日は少し疲れたから明日頑張ろう」
と言い訳をしてしまう──それは“中途半端な努力”の典型です。
戦国武将・武田信玄の言葉を使って言うのならば
「一生懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る。」
これはまさに受験生に突き刺さる格言です。
本気で勉強に向き合えば、「どうすれば成績が上がるか」を自分で考えるようになります。しかし、どこかで手を抜いていると、「忙しいから」「部活があるから」と愚痴や言い訳ばかり出てしまうのです。
忙しさを言い訳にしない
 これは私の経験談ですが、部活が非常に忙しい中でも、
昼休みや授業の合間、放課後を使って必死に勉強を続けていました。
 定期テスト期間でも筋トレが続くような環境の中、「時間がない」を理由にせず、
限られた時間の中でどう工夫すれば成果を出せるかを常に考えていました。
忙しい人ほど、時間のせいにするのではなく「空き時間を最大限に使う」意識が大切。
 「勉強が大変」と愚痴をこぼすうちは、まだ本気ではないのかもしれません。
 本気で取り組んでいるとき、人は愚痴ではなく「どうすればもっと良くなるか」
という“知恵”が湧いてくるのです。
「一生懸命」は“命を懸ける”ということ
「一生懸命」という言葉は、文字通り「一生=命を懸けて懸命に生きる」こと。
 「そこまでして行きたい大学があるのか?」
 もし「そこまでの覚悟はない」と思うなら、それも立派な選択です。
 無理に難関大学を目指すより、自分のペースで行ける大学を選んでも構わない。
ただし、「関関同立に絶対行きたい」「今の自分を変えたい」と本気で思っているなら、
中途半端なままでは何も変わらない。
 その覚悟を持てた人こそ、最後まで走り抜けられると私は考えています。
「頑張る」よりも「夢中」になれ
「努力」と「夢中」の違いがわかりますか。
「努力は夢中に勝てない。」
どれだけ“頑張る”と言い聞かせても、その状態は長く続きません。
 頑張り続けることで心も体もすり減り、やがて限界が来ます。
 しかし、夢中になっている状態は違います。
時間を忘れて取り組めるし、続けること自体が楽しい。
「健全な体と心があってこそ、夢中になれる」
 無理な努力で体を壊してしまっては、どんな成果も続かない。
 「夢中になる」ことは、単なる根性論ではなく、
長期的に努力を継続するための本質的な方法なのです。
まとめ:一生懸命=“言い訳のない生き方”
今回のブログのメッセージを一言でまとめるなら、
「本気とは、言い訳をしない生き方」
努力を続けているつもりでも、どこかで愚痴や不満が出ているなら、
それはまだ“中途半端”の証拠です。
 本気でやると決めた瞬間から、人は言い訳をやめ、自分を変える行動を取り始めます。
そして、その先にあるのが「夢中」──結果ではなく、過程そのものを楽しめる境地です。
 受験生のみなさんも、ぜひ今日から“本気のふり”をやめて、“夢中”のステージに踏み出してみてください。
 
     
   
                     
                     
                     
         
      